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誰に向かって書いているのかわからないクラシック音楽入門

Twitterで話題になっているクラシック入門書を読んだ。
基本的に私はいまさらクラシックの入門書なんて買わないのだが、ネット上での感想があまりにも面白いので読むことにした。一度はタワレコで少し立ち読みし、買うのを諦めたのだが、先日無事に購入。

入門書なのに、事象が体系だって述べられておらず、詳しく述べられるわけでもなく、話があちこちに飛ぶ。作曲家や演奏スタイル、演奏家などが年代順に出てくるわけでもない。入門者には読んだだけで音を想像するには難しい用語が並んでいて、これを読んでクラシックが聴きたくなる人はそう多くはないと思う。これはこの本の「ライナーノートは読まなくていい」の項に書かれている通りである。そしてクラシックに詳しい人が読むと、間違いや事実誤認が多すぎて、新しい知識や切り口を見出すことはできない。インタビューに基づいて書き起こした本のようだが、書き手以外に編集者を始め何人かがチェックしているはずなのに、これだけ間違いや事実誤認が多いのも珍しい。そしてやっぱり自分の仕事の主張が目立つ。

すでにここここで、間違いのいくつかが指摘されているので事細かに書かないが、この本の感想を大雑把に書いてみる。

この著者は思い込みが強い。序章でクラシックというジャンルのの対比でポップスって出してくるのがまず古臭い。ジャズでもロックもヒップホップでも民族音楽でもテクノでもなくポップス。著者の中でポップスにジャズも含まれるようだが、だとするとポップスのほとんどがラブソングだ、って記述も曖昧だ。クラシックはポップスと違って生から死まで扱っているのが特徴、ポップスはラブソングばかりで人生のカバーする範囲が狭く、死や老境に関するものはほとんどど無いと書かれている。たぶん「ポップス」を全く聴いたことがないんでしょう。ビートルズの"When I'm sixty-four"とかも知らないんだろうな。まあ、これもラブソングですが。

歴史、文化史に疎い。あるいは思い込みか主張を強めるためにねじ曲げる。ベートーヴェンの第9にトルコ行進曲を取り入れたのは反骨の精神だ、と書いてあるがウィーンがオスマントルコに攻められた後、トルコブームがあったのは知らなかったのだろうか。モーツァルトのソナタやヴァイオリン協奏曲にトルコ行進曲やトルコ風やがあるのはなぜ。ウィーンにカフェがいっぱいあるのはなぜ。そしておそらく著者の中で神聖ローマ帝国が長期にわたってヨーロッパの大半を支配した大帝国ってことになっている。それは古代のローマ帝国の方なのに。神聖ローマ帝国が崩壊して東欧に民族独立に機運が、なんて書いてあるけど、オーストリアハンガリー帝国と間違ってるのか、東欧ってチェコだけなのか、何を誤解しているのかすら解りにくい。

建築にも疎い。音響を語るために多くの建築について述べているのだがゴシック建築がイスラム由来と言い切るのはまだしも、ゴシック建築は石だけでなく金属やガラスのステンドグラスが嵌めれるおかげで高い建物が建てられるようになった、とか。戦争で爆撃で燃えてしまったイタリアやドイツのオペラハウスは木造で、戦後はコンクリートだから声を響かせるテクニックが失われたとか。

宗教史に疎い、または知らない。「元々はアラム語で語られていたキリスト教」、とある。キリストや弟子はアラム語を話していたかもしれないが、弟子が布教するときにアラム語を使っているとは思えない。聖書はギリシャ語で書かれているパートがほとんどだ。そして、ユダヤ教の一派からキリスト教として成立したのはギリシャ語訳の聖書ができてから。グレゴリオ聖歌が古代アラブ語?キリスト教の歌やイスラム教から影響を受けていると書かれているのも怪しい記述。カトリックとローマ文明、ギリシャ文明の違いが明確になっていないと思われる記述が多いと思う。キリストが素晴らしい歌い手、が新説としては最高。

音楽史に疎い、あるいは思い込みか主張を強めるためにねじ曲げる。上記のブログでも書かれているが、ブラームスが新古典派、ストラヴィンスキーが国民楽派など、不適当な用語や新しい学説を出してくる。また、作曲家が書いた交響曲は番号付きのみ数えるようだ。ハイドンやモーツァルトは番号なし交響曲がたくさんあることを知らないのかもしれないが、チャイコ不スキーが6曲、シベリウスが7曲の交響曲を書いているという記述は驚きだ。マンフレッドやクレルヴォは交響曲でないらしい。春の祭典の初演でニジンスキーの振り付けも奇妙なもの、だったらしいが、その振り付けを見たことがあるんですかね(記録から再現したものはあるのだが)。

曲にも疎い。「ベルリオーズは打楽器の利用は驚くべきほど控えめ」らしいのですが、ベルリオーズのレクイエムは聴いたことがないと思われる。また、ペンデレツキの60弦楽のための広島の犠牲者に捧げる哀歌、と記述されているが「60弦楽のための」というタイトルはなく編成は52。

録音に関する記憶が曖昧。著者のお父さんの遺品にあったベーム+ウィーン・フィルの運命を聴いたという記述があり、またカップリングがアイネ・クライネだとあるが、そのレコードのオーケストラはベルリン・フィルの可能性が高い。ちなみに、ベーム+ウィーン・フィルの運命の録音は1970年、アイネ・クライネの録音は1974年。このカップリングで出ていたとすると、すでに1970年代前半ではない。
ジャスは同じ曲で違う演奏家の比較ができるとあり、山下洋輔とマイルス・デイヴィスが例に上がっている。しかし。マイルスにテイク・ファイヴもA列車も録音なんてなんてない。「山下洋輔もマイルスも素晴らしい」と書いているが、マイルスのはどこで聴いたのか教えて欲しい。たぶんマニアが飛びつくから。

こういう間違いが多いのは、たぶんライナーノートすら読まないからだろうと思う。
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