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「グスタフ・マーラー」

柴田南雄の「グスタフ・マーラー」を読む。一度は読んだことがあるはずだが、中身は覚えていなかったので読み直し。第3番の章で、リストのスペイン狂詩曲は「シモン・バーラー」の演奏が良いって書いてあるけど、これ、シモン・バレルのことだよな…
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誰に向かって書いているのかわからないクラシック音楽入門

Twitterで話題になっているクラシック入門書を読んだ。
基本的に私はいまさらクラシックの入門書なんて買わないのだが、ネット上での感想があまりにも面白いので読むことにした。一度はタワレコで少し立ち読みし、買うのを諦めたのだが、先日無事に購入。

入門書なのに、事象が体系だって述べられておらず、詳しく述べられるわけでもなく、話があちこちに飛ぶ。作曲家や演奏スタイル、演奏家などが年代順に出てくるわけでもない。入門者には読んだだけで音を想像するには難しい用語が並んでいて、これを読んでクラシックが聴きたくなる人はそう多くはないと思う。これはこの本の「ライナーノートは読まなくていい」の項に書かれている通りである。そしてクラシックに詳しい人が読むと、間違いや事実誤認が多すぎて、新しい知識や切り口を見出すことはできない。インタビューに基づいて書き起こした本のようだが、書き手以外に編集者を始め何人かがチェックしているはずなのに、これだけ間違いや事実誤認が多いのも珍しい。そしてやっぱり自分の仕事の主張が目立つ。

すでにここここで、間違いのいくつかが指摘されているので事細かに書かないが、この本の感想を大雑把に書いてみる。

この著者は思い込みが強い。序章でクラシックというジャンルのの対比でポップスって出してくるのがまず古臭い。ジャズでもロックもヒップホップでも民族音楽でもテクノでもなくポップス。著者の中でポップスにジャズも含まれるようだが、だとするとポップスのほとんどがラブソングだ、って記述も曖昧だ。クラシックはポップスと違って生から死まで扱っているのが特徴、ポップスはラブソングばかりで人生のカバーする範囲が狭く、死や老境に関するものはほとんどど無いと書かれている。たぶん「ポップス」を全く聴いたことがないんでしょう。ビートルズの"When I'm sixty-four"とかも知らないんだろうな。まあ、これもラブソングですが。

歴史、文化史に疎い。あるいは思い込みか主張を強めるためにねじ曲げる。ベートーヴェンの第9にトルコ行進曲を取り入れたのは反骨の精神だ、と書いてあるがウィーンがオスマントルコに攻められた後、トルコブームがあったのは知らなかったのだろうか。モーツァルトのソナタやヴァイオリン協奏曲にトルコ行進曲やトルコ風やがあるのはなぜ。ウィーンにカフェがいっぱいあるのはなぜ。そしておそらく著者の中で神聖ローマ帝国が長期にわたってヨーロッパの大半を支配した大帝国ってことになっている。それは古代のローマ帝国の方なのに。神聖ローマ帝国が崩壊して東欧に民族独立に機運が、なんて書いてあるけど、オーストリアハンガリー帝国と間違ってるのか、東欧ってチェコだけなのか、何を誤解しているのかすら解りにくい。

建築にも疎い。音響を語るために多くの建築について述べているのだがゴシック建築がイスラム由来と言い切るのはまだしも、ゴシック建築は石だけでなく金属やガラスのステンドグラスが嵌めれるおかげで高い建物が建てられるようになった、とか。戦争で爆撃で燃えてしまったイタリアやドイツのオペラハウスは木造で、戦後はコンクリートだから声を響かせるテクニックが失われたとか。

宗教史に疎い、または知らない。「元々はアラム語で語られていたキリスト教」、とある。キリストや弟子はアラム語を話していたかもしれないが、弟子が布教するときにアラム語を使っているとは思えない。聖書はギリシャ語で書かれているパートがほとんどだ。そして、ユダヤ教の一派からキリスト教として成立したのはギリシャ語訳の聖書ができてから。グレゴリオ聖歌が古代アラブ語?キリスト教の歌やイスラム教から影響を受けていると書かれているのも怪しい記述。カトリックとローマ文明、ギリシャ文明の違いが明確になっていないと思われる記述が多いと思う。キリストが素晴らしい歌い手、が新説としては最高。

音楽史に疎い、あるいは思い込みか主張を強めるためにねじ曲げる。上記のブログでも書かれているが、ブラームスが新古典派、ストラヴィンスキーが国民楽派など、不適当な用語や新しい学説を出してくる。また、作曲家が書いた交響曲は番号付きのみ数えるようだ。ハイドンやモーツァルトは番号なし交響曲がたくさんあることを知らないのかもしれないが、チャイコ不スキーが6曲、シベリウスが7曲の交響曲を書いているという記述は驚きだ。マンフレッドやクレルヴォは交響曲でないらしい。春の祭典の初演でニジンスキーの振り付けも奇妙なもの、だったらしいが、その振り付けを見たことがあるんですかね(記録から再現したものはあるのだが)。

曲にも疎い。「ベルリオーズは打楽器の利用は驚くべきほど控えめ」らしいのですが、ベルリオーズのレクイエムは聴いたことがないと思われる。また、ペンデレツキの60弦楽のための広島の犠牲者に捧げる哀歌、と記述されているが「60弦楽のための」というタイトルはなく編成は52。

録音に関する記憶が曖昧。著者のお父さんの遺品にあったベーム+ウィーン・フィルの運命を聴いたという記述があり、またカップリングがアイネ・クライネだとあるが、そのレコードのオーケストラはベルリン・フィルの可能性が高い。ちなみに、ベーム+ウィーン・フィルの運命の録音は1970年、アイネ・クライネの録音は1974年。このカップリングで出ていたとすると、すでに1970年代前半ではない。
ジャスは同じ曲で違う演奏家の比較ができるとあり、山下洋輔とマイルス・デイヴィスが例に上がっている。しかし。マイルスにテイク・ファイヴもA列車も録音なんてなんてない。「山下洋輔もマイルスも素晴らしい」と書いているが、マイルスのはどこで聴いたのか教えて欲しい。たぶんマニアが飛びつくから。

こういう間違いが多いのは、たぶんライナーノートすら読まないからだろうと思う。

山下洋輔「ドバラダ門」

山下洋輔の「ドバラダ門」を読んだ。この本は、高校生の時、発売された直後に読んでいる。当時は筒井康隆の関連作品を読み漁っていた時で、しかも大河ドラマで「翔ぶが如く」を見ており、この作品がすっと落ちてくる環境にあった。その後おおまかな話は忘れてしまい、なんとなく面白かった印象だけ覚えていた。「文字化け日記」を読んだので、読み直すことにした。結局、山下洋輔は小説をこの作品しか書いていないんですね。印象通りやはり面白い作品だった。彼の血筋、先祖、環境が特殊で面白いのだが、それを文章にし、かつエンターテイメントとして提示するためのフィクションを巧く交えているところは山下の能力だろう。多分に筒井風だけれども。

Time Out

初めてイギリスに行った時、本屋で見つけて便利だと思った雑誌がTime Outだ。日本でいえば「ぴあ」みたいな情報誌だ。10年前はまだネットがそろほど充実しておらず、日本でも海外でもイベント情報は紙媒体が便利だった。もう40年くらい歴史がある週刊誌だ。タワーレコードなど海外の雑誌を取り扱っている店なら手に入れることができ、イギリスに旅行するときには必ず買ってライブやコンサートをチェックしていた。この雑誌の「ぴあ」と違うところは、規模の大きさで、イギリス以外の他の国の都市でも発売されていることと、「地球の歩き方」や「Lonely Planet」のような旅行ガイド、グルメガイドを出していること、月刊誌なども出している。そのTime Outがついに東京に進出するようで、サイトができた。楽しみだ。

真鍋圭子「素顔のカラヤン」

最近、カラヤン関係の本が多く出ている幻冬舎新書からの新刊。音楽コーディネータとして有名な真鍋圭子によるカラヤン・エピソード集。名前を見たときには誰かわかりませんでしたが、写真を見てああこの人かと。一時期クラシック関係のテレビ番組でよく見かけた人ですね。イメージとしてはなかにし礼なんかとリンクする人。彼女がドイツに渡った経緯からカラヤンと出会い、来日公演のコーディネートからサントリーホールのオープン、最後の来日公演まで、カラヤンとの付き合いが描かれています。その流れを通して、カラヤンが、神のように扱ってもらいたい偏屈な巨匠ではないということを丁寧に述べています。有名な大阪公演での振り間違い事件や、パイプオルガンのピッチの件のを読むと、カラヤンやベルリン・フィルと彼女の距離の近さがよくわかります。しかし、ここに書かれているカラヤンのちょっとお茶目な素の姿は、彼女の人柄でなければ見ることができなかったものかもしれません。

「ビルギット・ニルソン」

「ビルギット・ニルソン」 : 言わずと知れたニルソンの自伝。表紙は、ベームのトリスタンのレコードジャケットと同じものですね。けっこうシャレの効いたおばちゃんで、悪口は言わないけど、口悪く書いてあるネタが多くて面白いです。嫌味にならない感じで絶妙に自慢話が入っているのもいい。彼女によると、オペラは、クナとカイルベルトの指揮が歌いやすいようですね。カラヤンはけきょんけちょん。こういう本を読むとワーグナーを聴きたくなってしまうのが悪い癖で、久々にベームのトリスタンを聴いてしまいました。


「ワーグナー王朝」

ハンス・ヨアヒム・バウアー「ワーグナー王朝」 : Richard Wagnerからウォルフガングに至るまでのワーグナー家の歴史を書いた本です。コジマ以降のワーグナー家について書かれた日本語の本は、それほど多くないので面白かったです。著者によると、戦後の「新バイロイト様式」を確立したと言われているヴィーラントの評価が低く、彼の演出はほとんど妻のゲルトルートによるものだという主張になっていました。ヴィーラントの愛人がアニア・シリア(ドホナーニの元妻、最近アルバムが出ましたね)だということも明確に語られている。原語の出版が10年くらい前のものなので、最近のカタリーナとエーファの後継者争いまではきっちりと書かれていない。

「シュターツカペレ・ドレスデン 奏でられる楽団史」

エーバーハルト・シュタインドルフ 「シュターツカペレ・ドレスデン 奏でられる楽団史」 : 世界で最古のオーケストラといわれるシュターツカペレ・ドレスデン(ザクセン州立歌劇場管弦楽団)の歴史を語った本。まあ、世界で最古のオケというのはいくつかあるけれども、16世紀の宮廷教会付属オーケストラからの歴史を淡々と述べている。当オーケストラのマネージャーを経験された方が筆者なので、信頼は置ける内容なのかな。カペレというのはチャペルのことなんですね。チャペルのオケが発祥。ウェーバーが絡んでくるあたりからワーグナーあたりのことが歴史としては面白くなる。20世紀に入ると録音でも聴くことができる指揮者たちによる演奏史になるが、特定の個人を厚く書くことなくバランスよく取り上げられているために、欲求不満に感じるところもある。あと、東ドイツ時代からドイツ統合までについては、もう一冊かけるくらい内容があるんじゃないかと思うけど、政治的にならないように書かれている。壁がなくなってから20年なので、そういった歴史も体験した人々によって残しておいてほしいものだ。

ジョン・カルショー「レコードはまっすぐに」

レコードはまっすぐに : デッカのプロデューサーであるジョン・カルショーの自伝的な本。2月に、「ニーベルングの指環-リング・リサウンディング」を読んだのだが、それがあまりに面白かったので、こちらの本も読むことにした。学校を出てからサラリーマンを経験し、パイロットとして従軍してから音楽業界に入っていく自伝的な前半は、モームの「人間の絆」みたいで、面白くないと思う人もいると思うが、個人的には当時の中流階級イギリス人がどのように出世していくかが見えておもしろかった。この段階で、すでにハロルド・ショーンバーグと知り合いになっているというのも興味深く、何かを成している人は必ず何かに繋がっていると感じさせる。あと、彼がラフマニノフがとても好きで、ラフマニノフの伝記まで書いているというのは初めて知ったが、その過程でメトネルと交友があったというのは面白い話だ。もう少し彼がメトネルの作品に興味を持ってくれれば彼の評価も変わったかもしれないのに。後半は、彼の生んだ録音に関する様々なエピソードが楽しい。クナやカラヤンのエピソード、ウィーンフィルとの交渉の大変さ、ブリテンの「戦争レクイエム」の録音など。クラシックの録音に対する愛が感じられる。ステレオでオペラをいかに録音するかは彼の功績が大きいのだ。カラヤンの「ツァラトゥストラ」の話も面白い。「2001年宇宙の旅」のサントラに使われたのはこの録音なのだが、デッカがカラヤンの名前は出さないようにと条件を付けたため、他社の録音がやたら売れてしまったという話。カルショーはいわゆる中間管理職の立場でつらいことが多かったようで、経営に対してチクチク書いている部分が多い。ワンマン経営の限界、ビートルズと契約しなかった会社、、、、年寄りの頭の固さと先見のなさが組織を滅ぼすというのは昔から変わっていないのかもしれない。結局デッカという会社はなくなってしまったので、彼の予見は正しかったのだ。ちなみに「レコードはまっすぐに」とは、レコードは立てて置いてくださいという意味。イギリス人らしいユーモアセンスが本文にもちりばめられている。

ジョン・カルショー「ニーベルングの指環」

ニーベルングの指環 リング・リザウンディング : 後輩に勧められてジョン・カルショーの「ニーベルングの指環-リング・リサウンディング」を読んだ。あまりに面白くて、パリに行く飛行機の中で読み終えてしまった。彼がいかにWagnerに取りつかれていて、リングの全曲を録音したいと欲していたか、そして、どうやって彼の理想のキャストでそれを録音していったかを、目の前で風景が展開していくような文体で、イギリス人らしい皮肉を交えて語ってくれる(訳はそれを若干スポイルしているように思えるが)。「ジークフリート」の録音で、シークフリートを歌うことになった新進気鋭の「我らがジークフリート」の下りはとても面白い。ウィーン・フィルのワーカホリック気味なところ、60年代のレコード会社の気質、プロデューサーとエンジニアの関係や、編集作業に対する姿勢なんかもよくわかり、レコードというものに興味のある人なら読んで損はしません。ステレオという新しいメディアに対する考え方をはじめとして、録音と実演とは全く違うものだという割り切りや、そのうち家庭でオペラを映像で楽しめたりするに違いないという未来を予見したメディア論、ワーグナーの演出でスクリーンなどのテクノロジーが使われることの予見に対するなど、さすが名プロデューサーと思わせる部分も多いです。ショルティという指揮者にはまったく興味がないし、面白い指揮者だとも思ったことがのだが、これを読むと、ショルティのリングは買わないといけないのではないかという気分になってくる。
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Shinya Takeuchi

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